和歌山地方裁判所 平成2年(ワ)161号 判決 1994年10月26日
原告
下津町
右代表者町長
橋爪麟兒
右訴訟代理人弁護士
榎本駿一郎
同
妙立馮
同
水野八朗
同
吉澤義則
同
楠見宗弘
同
泉谷恭史
同
岡田栄治
右榎本訴訟復代理人弁護士
田中繁夫
右楠見訴訟復代理人弁護士
金原徹雄
被告
奥野敏夫
同
橋本元市
右被告ら訴訟代理人弁護士
森勝治
主文
被告奥野敏夫に対する本件訴えを却下する。
被告橋本元市に対する原告の請求を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告奥野敏夫は原告に対し、金一億七五二八万〇七〇一円及びこれに対する平成元年一一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告橋本元市は原告に対し、金四三八万八七七五円及びこれに対する平成元年一一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 原告の訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
(被告奥野に対して)
1 当事者
(一) 被告奥野敏夫は、昭和五七年四月一日から同六〇年三月三一日まで、原告の収入役の地位にあった者である。
(二) 弁論分離前の相被告甲山一郎(以下、「甲山」という。)は、昭和四七年一月一日から同五九年一一月一九日まで、原告の出納室長として収入役の下で現金、預金等の出納保管の業務に従事していた者である。
2 公金亡失事件の発生
甲山は、原告の出納室長としての地位を利用して、昭和五七年五月一七日から同五九年一一月一三日までの間に、不法に原告の収入役名義の預金口座から金員を引き出して着服横領し、一般会計、特別会計(水道事業会計を除く)、基金から合計金一一億四五七六万六〇九八円を亡失させた。
3 賠償命令
(一) 原告町長橋爪麟兒は、昭和六一年七月七日、地方自治法二四三条の二に基づき、右亡失金に関する責任割合を甲山が七割、被告奥野が三割として、被告奥野に対し、賠償金額を金三億四三七二万九八二九円、納入期限を昭和六一年一〇月七日とする賠償命令を決定し、右賠償命令は前同日、被告奥野に到達した。
(二) 右賠償命令に対し、被告奥野は異議申立てをしたが異議は棄却され、その後審査請求の申立てをしたが昭和六二年七月一〇日審査請求も棄却され、その裁決は翌一一日被告奥野に到達した。
(三) 右審査請求棄却の裁決に対し、被告奥野は抗告訴訟提起期間内に賠償命令の処分取消を求める訴えを提起せず、右賠償命令は昭和六一年一〇月一〇日の満了とともに確定した。
4 原告町長橋爪は、被告奥野に対し、昭和六一年一一月二一日督促状を送付して、右3(一)の賠償命令にかかる賠償金の支払いを督促し、右督促状は同月二二日ころ、被告奥野に到達した。
5 損益相殺
(一) 本件公金亡失事件(後記水道事業会計からの公金亡失を含む。以下同じ。)発覚後、原告において亡失金の回収を行ったところ、金五億三〇七一万四七八一円を回収し、これを回収金の種類、賠償命令額及び被告奥野の責任割合に応じて、前記被告奥野に対する賠償命令額に充当すると、被告奥野に対する前記賠償命令残額は金一億八八二六万二六五六円となった。
(二) 原告町長橋爪は、平成元年一一月一日、被告奥野に対し回収金充当後の前記賠償命令残額について、納入期限を同月一三日とする督促状を送付し、右督促状は、被告奥野に同月二日到達した。
(三) その後、平成元年一二月二五日、原告と訴外株式会社紀陽銀行との間で起訴前の和解が成立し、その回収金四三二七万三一八三円を賠償命令額及び責任割合に応じて前記賠償命令残額から控除した結果、被告奥野に対する賠償命令残額は金一億七五二八万〇七〇一円となった。
(被告橋本に対して)
1 当事者
(一) 原告には水道事業が設置されており、地方公営企業法七条但書及び原告の水道事業の設置等に関する条例三条一項により、原告の水道事業の管理者の権限は原告町長が行なうことになる。
(二) 被告橋本元市は、昭和四一年一〇月一三日から同六〇年三月三一日まで原告の町長の地位にあった者である。
(三) 甲山は、昭和四七年一月一日から同五九年一一月一九日まで原告の水道事業の企業出納員として、現金、預金等の出納保管の業務に従事していた者である。
2 公金亡失事件の発生
甲山は、原告の前記企業出納員としての地位を利用して、昭和五九年六月二五日から同年一一月一三日までの間に、不法に原告の企業出納員名義の預金口座から金員を引き出して着服横領し、水道事業会計から金二一四九万一九二八円を亡失させた。
3 賠償命令
(一) 原告町長橋爪は、昭和六一年七月七日、地方公営企業法三四条、地方自治法二四三条の二に基づき、右亡失金に関する責任割合を、甲山七割、被告橋本三割として、被告橋本に対し、賠償金額を金六四四万七五七八円、納入期限を昭和六一年一〇月七日とする賠償命令を決定し、右賠償命令は右同日、被告橋本に到達した。
(二) 被告橋本は、右賠償命令に対し異議申立てをしたが異議は棄却され、その後審査請求の申立てをしたが昭和六二年七月一〇日審査請求も棄却され、その裁決は翌一一日被告橋本に到達した。
(三) 被告橋本は、右審査請求棄却の裁決に対し、抗告訴訟提起期間内に賠償命令の処分取消を求める訴えを提起しなかったので、右賠償命令は、昭和六二年一〇月一〇日の満了とともに確定した。
4 督促
原告町長は、被告橋本に対し昭和六二年一一月二一日、督促状を送付して右賠償命令額の支払いを督促し、右督促状は、同月二二日ころ、被告橋本に到達した。
5 損益相殺
前記被告奥野に対する請求原因5(一)記載のとおり、本件公金亡失事件発覚後、原告において亡失金の回収を行なったところ、金五億三〇七一万四七八一円を回収し、これを回収金の種類、賠償命令額及び被告橋本の責任割合に応じて被告橋本に対する前記賠償命令額に充当すると、平成元年一一月一日現在、被告橋本に対する前記賠償命令残額は、金四三八万八七七五円となった。
6 原告町長橋爪は、被告橋本に対し、平成元年一一月一日、右回収金の充当後の賠償命令残額金四三八万八七七五円について、納入期限を平成元年一一月一三日とする支払の督促状を送付し、右督促状は、被告橋本に同月二日到達した。
(被告両名に対して)
よって、原告は、確定した賠償命令に基づき、被告奥野に対し金一億七五二八万〇七〇一円、被告橋本に対し金四三八万八七七五円及びこれらに対する納入期限の翌日である平成元年一一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの本案前の主張(重複起訴)
1 原告の住民中井富美夫外二名により、昭和六〇年三月八日、和歌山地方裁判所に、甲山が昭和五七年五月一七日から同五九年一一月一三日までの間に原告の金員を故意に亡失したことについて、被告橋本及び同奥野の甲山に対する監督責任違背を理由とする損害賠償の請求が住民訴訟として提起され、現在右訴訟は最高裁判所平成五年行ツ第一四五号、第一四六号事件として係属中である。
2 右住民訴訟における損害賠償請求権は、本訴請求権と請求の基礎が共通する実体法上の請求権であり、右住民訴訟における原告は、地方自治法二四二条の二により原告の本訴請求権を代位行使しているものである。
住民訴訟は、地方公共団体が権利行使をしないとき、あるいは権利行使の範囲が少ないときに、住民が当該地方公共団体の権利を代位行使するというものであり、右の意味において住民訴訟は当該地方公共団体の権利行使に対し本来補完的なものではあるが、当該地方公共団体に先行して住民が住民訴訟においてその権利を代位行使し、かつ当該地方公共団体の権利行使の範囲を上回る権利を代位行使した場合には、住民訴訟はもはや後発の当該地方公共団体の権利行使を補完するものではなく、それ自体が主導的機能を持つに至ったというべきである。
3 そして、前記のとおり訴外中井富美夫外二名によって先行して提起された住民訴訟の請求金額は、金一〇億〇八七二万八〇〇〇円で本件請求額をはるかに上回っており、本訴の経緯を省みれば賠償命令の簡易迅速のメリットも既に失われてしまっている。
4 したがって、本訴は前記住民訴訟により、既に裁判所に係属する事件について更に訴えを提起したものであるから、民事訴訟法二三一条に該当する不適法な訴えとして却下されるべきである。
三 本案前の被告らの主張に対する原告の反論
1(一) 地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の機関又は職員による同項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実につき、当該普通地方公共団体の構成員たる住民に訴訟を提起することを認め、裁判所の適法審査機能を通じ、直接に地方公共団体の行財政を監視し、その適正な運営の確保を行うことを目的として、直接主義の一つとして立法化されたものである。
(二) これに対し、地方自治法二四三条の二(賠償命令)の立法趣旨は、同条一項所定の職員の職務の特殊性に鑑みて、右職員の賠償責任に関しては、民法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を限定して、これら職員がその職務を行なうに当たり畏縮し、消極的となることなく、積極的に職務を遂行することができるように配慮するとともに賠償命令という地方公共団体における簡便な責任追及の方法を設けることによって損害の補填を容易にすることにある。
(三) このように、住民訴訟と賠償命令はその制度の趣旨が異なり、更に、賠償命令の主体は普通地方公共団体の長であるのに対し、住民訴訟は住民であるところ、地方自治法はその一方のみに任せていたのでは、当該地方公共団体の財産は保全できないという前提で立法されているのであるから、右二つの訴訟は二重起訴として通常予定しているものとは異なる。
(四) そして、仮に、賠償命令がなされた場合に住民訴訟が提起できないということになると、住民訴訟の制度目的を損なうし、住民訴訟がなされている場合に賠償命令が提起できないとすれば、本件のように賠償命令自体が確定し、その取立てのみの問題が残っている場合に、住民訴訟の結果を待たなければ執行できないことになり、これは賠償命令が目的としている簡易迅速な内部処理の実現に反するものである。
(五) 更に、昭和五九年一二月一八日に住民訴訟の原告らが住民監査請求を提起し、六〇日以内にその措置が取られなかったことから、前記のとおり昭和六〇年三月八日に住民訴訟が提起されたが、原告は事務監査の結果、賠償命令額が住民訴訟より正確に把握できたこと、また、住民訴訟が取り下げられれば再び訴訟手続を提起しなければならないことから、原告は独自に本件訴訟を提起したものである。
(六) したがって、住民訴訟と賠償命令金請求訴訟とは併存が可能であって、本件訴えは、二重起訴には当たらず、適法である。
2 (補完的性格)
(一) 普通地方公共団体における財務会計上の違法な行為又は怠る事実については、普通地方公共団体自身が速やかにその防止又は是正若しくはこれによって生じた損害を補填するための適切な措置を取るべきもので、住民は、まず、地方自治法二四二条一項により当該普通地方公共団体の監査委員に対し、違法な行為等の監査を求め、その是正、損害補填などのため必要な措置を講ずべきことを請求して、当該普通地方公共団体自身による是正等の措置を期したうえ、なお果たせなかった場合に初めて同法二四二条の二第一項所定の住民訴訟を提起し得るのである。
(二) また、地方自治法は、前記のとおり二四三条の二で賠償命令の制度を定め、普通地方公共団体自身がまず内部的に簡易迅速な手続きによって損害の補填等の是正措置を取り得るように配慮している。
(三) 以上によれば、地方自治法は、普通地方公共団体における財務会計上の違法な行為又は怠る事実につき、当該普通地方公共団体自身が賠償命令等による適切な是正等の措置を講じない場合、又は講じてもなお十分でない場合に、これを補完するものとして住民訴訟を認めたものと考えられる。
(四) このような住民訴訟の補完的性格からすれば、住民訴訟と賠償命令金請求訴訟が重複するに至った場合には、賠償命令金請求訴訟が住民訴訟に優先して審理判断されるべきものであるから、本件訴えは二重起訴には該当せず、適法である。
四 請求原因に対する認否
(被告奥野)
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、亡失金の合計額が金一一億四五七六万六〇九八円との事実は不知、その余の事実は認める。
3 請求原因3の事実のうち、賠償命令が確定したとの点を争い、その余の事実は認める。
4 請求原因4の事実は認める。
5(一) 請求原因5(一)の事実は不知。
(二) 請求原因5(二)の事実は認める。
(三) 請求原因5(三)の事実は不知。
(被告橋本)
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、亡失金の合計額が金二一四九万一九二八円との事実は不知、その余の事実は認める。
3 請求原因3の事実のうち、賠償命令が確定したとの点を争い、その余の事実は認める。
4 請求原因4の事実は認める。
5 請求原因5の事実は不知。
6 請求原因6の事実は認める。
五 被告らの本案の主張
1 賠償命令の重大かつ明白な瑕疵による無効
(一) 被告奥野について
(1) 賠償命令の要件欠缺
地方自治法二四三条の二第一項前段で規定する職員が賠償責任を負う場合の行為態様を通覧すると、「保管」、「占有」、「使用」、「亡失」、「損傷」の用語が使用されているように、すべて法律行為ではなく事実行為を示している。
このような規定のしかたは、本条が公務員の上級ないし下級の行政庁としての、あるいは機関としての、法律上の効果意思を必要とする抽象的な「行為」の面からではなく、物理的、外形的、具体的な事実行為の面に着目して規定されていることを窺わせるものであり、同条は、このような事実行為に関与する職員について賠償責任を規定したものと解すべきである。
地方自治法一七〇条一項によると「収入役は当該普通地方公共団体の会計事務をつかさどる」とされ、同条二項に列挙されている会計事務の中に「現金(中略)の出納及び保管を行うこと」が含まれているので、現金の出納・保管は収入役がつかさどることになるが、これは収入役の行政庁としての権限を定めたものであり、現実の現金の保管は収入役自らがこれを行うものではなく、条例・規則により部下吏員によってなされることとされている。
原告では、規則により出納員たる甲山が事実行為たる現金の現実の保管を行なっていたのであるから、被告奥野がこれと二重に現金の現実の保管を行なえるはずがなく、被告奥野は地方自治法二四三条の二第一項前段の「保管」を規則によりしていなかったのであるから、保管義務違反として本条を被告奥野に適用することはできない。
また、本件では同条一項後段のいずれにも該当しない。
したがって、被告奥野に対する本件賠償命令はその法令上の根拠がない。
(2) 賠償命令の内容の違法
収入役であった被告奥野は、原告の諸規則により職務分掌上、現金を保管しないのであり、出納員であった甲山の現金亡失について指揮監督責任のみを問われるのであるから、地方自治法二四三条の二第一項の関係では、故意又は重大な過失を要件とすることとなる。
同様に、同条二項によれば、本件においては故意である横領により損害を直接発生させた甲山の責任、その指揮監督者である被告奥野の過失責任、その他出納室職員、総務課職員等原告役場職員、原告の委託を受けながら、その委託手続きに違反して現金を支出し、出納、収納を扱った指定ないし代理金融機関である農協、銀行等の責任が問題とされるのであるが、甲山の故意責任による責任は別として、その他の関係者の過失責任の検討に当たっては、それぞれの職分に応じ検討されなければならず、かつ、同条四項の「損害が避けることのできない事故その他やむを得ない事情」についても、被告奥野が原告近辺の収入役と同様、格別公会計について経験がなく、収入役就任直後でその職務に慣れる間もないころから甲山の横領行為が始まり、長年出納員として勤務していた甲山の事務処理の違法性を十分認識できなかったというやむを得ない事情、及び、就任直後から始まっていた胃潰瘍と六か月後の昭和五八年一〇月二二日から同五九年二月二二日までのその手術入院並びにその後の療養という事故など、当該職員の証明をまつまでもなく、併せて検討しなければならない。
ところで、いわゆる危険責任の法理は、責任の範囲を考えるに当たり、行為ないし業務に携わる者は、その行為ないし業務の結果、その行為ないし業務の性質上通常発生すると見込まれる損害の範囲について、かつ、その行為ないし業務により得られる利益の限度内で責任を負うとされるものであり、いわゆる衡平の原則の一つの現われである。
本件に即していうならば、被告奥野は、原告の収入役として出納員その他出納職員を指揮監督して地方自治法上の収入役の職務を遂行する権限を有し、その責任を負い、収入役としての報酬を得ているのであるが、その報酬は原告のような小規模の他方公共団体では生活給の域を出ないものであることは公知の事実である。
地方自治法二四三条の二に定める収入役の責任は監督者の責任であって、監督者の責任は直接財務会計上の行為そのものではなく、指揮監督上の責任であり、直接現金等を亡失したものではないから、仮に過失があったとしても政治上、行政上、組織上の責任はともかく、個人の賠償責任としては軽度の責任といわざるを得ず、また、その責任の範囲も、指揮監督上の行為ないし業務の性質上通常発生すると見込まれる損害の範囲に限定され、更に、他の職員、金融機関など他に多数の関与者が存在する本件においては、この範囲はより限定され、縮小するうえ、その範囲の上限は、被告奥野の行為ないし業務から受けていた利益である報酬の限度にとどまるべきであり、原告の主張するような、三億円を上回り、被告奥野の生涯報酬の数倍にも相当する巨額の賠償責任は、危険責任の法理ないし衡平の原則に著しく反するもので正義に反するものといわざるを得ず、本件賠償命令は無効である。
(二) 被告橋本について
(1) 賠償命令の要件(行為)の欠缺
地方自治法二四三条の二の法意については前記(一)(1)のとおりであり、被告橋本は、現金の具体的保管をしていたのではないから、保管義務違反として地方自治法二四三条の二を被告橋本に適用することはできない。
したがって、被告橋本に対する本件賠償命令はその法令上の根拠がない。
(2) 賠償命令の要件(客体適格)の欠缺
普通地方公共団体の長は、地方自治法二四三条の二の「職員」に含まれず、町長に対して同条による損害賠償命令を発することができない。
地方公共団体の長が、地方公営企業の管理者の地位を兼ねたために地方公共団体の長の権限や責任ないし地位が変動するわけではない。
したがって、地方自治法二四三条の二の規定をほぼ準用する地方公営企業法三四条の「職員」には、地方自治体の首長は含まれないと解すべきであるから、被告橋本に対する本件賠償命令は、命令の相手方適格を欠く無効な命令である。
(3) 賠償命令の内容の違法
前記(一)(2)と同様の理により、本件賠償命令は危険責任の法理ないし衡平の原則に著しく反するもので正義に反するものといわざるを得ず、無効である。
2 平等原則違反ないし権利の濫用
(一) 政府は、国家公務員の弁償責任について、公務員等の懲戒免除等に関する法律(昭和二七年法律第一一七号、以下、「免除法」という。)四条に基づき、平成元年二月一三日、昭和天皇崩御に伴う予算執行職員等の弁償責任に基づく債務の免除に関する政令(平成元年政令三〇号、以下、「免除政令」という。)を発布し、同政令は同月二四日施行された。これにより免除法四条及び免除政令で定める予算執行職員等の国家公務員の昭和六四年一月七日以前に発生した弁償責任に基づく債務は将来に向かって全部免除された。(但し、免除法四条但書に定める本人の犯罪行為による弁償責任に基づく本人の債務は当然除外されるが、本件で争う弁償責任はこれに該当しないので、犯罪行為による責任を負う国家公務員以外については例外なく「全部」免除されたといえる。)
(二) 免除法五条によれば、地方公共団体も同法二条に規定する場合においては条例の定めるところにより、収入役その他法令の規定に基づいて現金若しくは物品を保管する職員の賠償の責任に基づく債務を将来に向かって減免することができるとされ、同法四条の国の場合と同様の規定がされている。自治省はこの旨念のため各地方公共団体に対し、平成元年二月一四日付自治公一第九号事務次官通知をもって通達した。
国の場合と異なるのは、国が政令によるとされているのが、地方公共団体では条例によるとされている部分だけであって、その他は国、地方公共団体とも全く同一の内容である。(ただし、国の場合は「弁償責任」に基づく債務とされ、地方公共団体の場合は「賠償の責任」に基づく債務とされているが、これを別異に解すべき理由はなく、同義に解すべきである。)
したがって、同じ法律の同内容の条文の適用施行に当たっては、当然同じように適用施行されるべきであり、一方の国において適用施行されているのに、特段の法律の除外規定がないにもかかわらず、他方の地方公共団体において適用施行されていない場合には、その対象者となるべき地方公務員にとっては、国家公務員に比して不合理な差別を受けているといわざるを得ない。この免除は恩恵的措置であり、この措置を公務員が当然に請求できるわけではなく、政令、条例の制定をまって初めて与えられる利益であるが、そうだからといって、そのことは、条例の制定がされていない地方公共団体の地方公務員が、国家公務員と別異に取り扱われてよいことを正当化する理由とはならない。
(三) 免除法は地方公共団体に対しては、地方公共団体が責任減免に関する条例を制定するに当たり、その内容、範囲を国の法律で規制するいわゆる準則法としての性格を有するものであり、地方公共団体が全く自由に制定の可否、当否及びその内容を定めることができるものではなく、この免除法が現在地方自治の本旨に反するものとして違憲とされていない以上、地方公共団体は免除法の制約の下にあるといわざるを得ない。そして、同じ法律の適用により国家公務員が受けている利益は、地方公務員にも受けさせるのが平等原則に合致するものといえる。
(四) それゆえ、原告においても、職員の賠償責任に基づく債務の減免に関する条例(以下、「免除条例」という。)の制定をすべきであった。にもかかわらず、原告は今日に至るまで右条例制定について何らの手続きをとらず、他方において本訴を提起するに至っている。
(五) 被告らは、免除法五条の対象となる職員にまさに該当するところ、同じ公務員でありながら、たまたま原告の地方公務員であるために、国家公務員及び他の地方公共団体の地方公務員が等しく享受している利益を奪われている。原告の右の措置は、被告らをして国家公務員及び他の地方公共団体の地方公務員に比して明らかに不合理な差別をしていることになり、憲法一四条に違反するものであって許されない。
(六) 仮に、右条例の不制定が憲法に違反するといえないとしても、原告の本訴提起は、自らなすべき義務を尽くさず、被告らへの権利行使のみをなすものであって、権利の濫用といわなければならない。
3 相殺
被告らは、昭和六〇年三月二二日、原告に対し、被告橋本が金一〇〇〇万円、被告奥野が金四〇〇万円を寄付した。この寄付は、原告が被告らについて抽象的に損害賠償責任が成立したと主張する甲山の不正行為の時点及びこれが発覚した昭和五九年一一月以降になされた寄付であり、被告らについての損害賠償責任の検討が開始された後においてなされた寄付でもあり、原告がこれを収受すべきでない寄付であって無効である。
原告としては損害賠償責任の有無が問題となっているものについては、まずその有無を明らかにしたうえで、損害賠償責任の履行をまって寄付を受け付けるべきものである。これに反してなされた寄付は無効であり、被告らに不当利得として返還すべきものであって、被告らは、第三回口頭弁論期日において、この返還請求権をもって、原告の本訴請求債権と対等額で相殺する旨の意思表示をした。
六 被告らの本案の主張に対する原告の反論
1 五1(一)(1)(賠償命令の要件欠缺)について
(一) 収入役は、地方自治法上、現金の出納保管及びその記録管理の権限と職責を有し、このため日々の収入及び支出とその残高を明らかにして、その日の現金残高との符合を確認し、もって右職務の適切な遂行を計るべき責務を有している。
(二) もっとも、収入役の下には出納員その他の会計職員が置かれており、これら職員が実際上右事務を分担処理することになるが、収入役は右出納員その他の会計職員を適切に指揮監督し、かつ、右職員らの会計事務につき、適宜その報告を求め、また点検確認し、収支及びその残高と現金現在高については、原則として収入役自身で日々点検確認すべきであり、もって現金の出納及び保管等会計事務の適切な遂行を確保すべき職責を有するものである。
本件においては、収入役である被告奥野の下に出納室長として甲山がおり、事実上同人が会計事務を分担処理していたとしても、そのことによって収入役の右責務が免除されるわけではない。
2 五1(二)(2)(賠償命令の要件(客体適格)の欠缺)について
(一) 地方公営企業にあっては、出納その他会計事務は企業活動と密接に関連しており、迅速かつ能率的な処理を確保するという見地から収支命令機関と収支執行機関は分離されておらず、地方公営企業法九条一一号は、「出納その他会計事務を行なうこと」を管理者の担任する事務と規定している。
このように、地方公営企業の管理者の権限を行なう普通地方公共団体の長は、単なる普通地方公共団体の長とは異なり、収入役に相応する職務権限を併せ持つものであり、本件賠償命令はかかる地方公営企業法に基づく地方公営企業の管理者としての立場における被告橋本の責任を問うものである。
(二) そして、普通地方公共団体の長は、地方自治法上認められている固有の権限及び義務に基づき、同法二四三条の二の職員には含まれないものと解されているが、たとい普通地方公共団体の長が地方公営企業管理者の地位を兼任したとしても、公営企業管理者の権限及び義務は、地方自治法上普通地方公共団体の長に認められた固有の権限及び義務ということができないことは明らかである。
(三) また仮に、普通地方公共団体が地方公営企業管理者を置かず、当該地方公共団体の長が地方公営企業管理者の地位を兼任する場合には、地方自治法二四三条の二の賠償責任を負わないと解すると、公営企業管理者を定めていた場合には、当該職員は地方自治法二四三条の二の賠償責任を負うことと併せると、甚だしい矛盾を生ずることになる。
(四) したがって、被告橋本は賠償命令の客体としての適格を有し、同被告に対する本件賠償命令は有効である。
3 五2(平等原則違反ないし権利濫用)に対して
(一) 免除法、免除政令及び平成元年二月一四日付自治公一第九号事務次官通達において、普通地方公共団体に対し予算執行職員の弁償責任等を免除する条例の制定を命ずる条文ないし文言は存在しない。
(二) 仮に、被告らの主張のごとく、免除法が「国家公務員と地方公務員とを同等に取扱うこととし、別異の取扱いを許容していない」のだとすると、もしも国が大赦又は復権を行ないながら、懲戒免除又は責任減免に関する政令を制定しなかったならば、地方公共団体が独自の判断において当該地方公共団体の公務員に対する懲戒免除又は責任減免の条例を制定することはできないという結論を容認せざるを得ないことになる。
右結論は、懲戒免除又は責任減免を行なうべきかどうか、行なうとすればどのような内容にすべきかという点につき、全面的に国に決定権があり、地方公共団体は国の決定に従うべき義務を負うと解して初めて容認し得ることであるが、免除法がそのような立場にたって「地方自治の本旨」を制約していると解すべき根拠は何ら存在しない。
(三) むしろ、免除法が、国家公務員及び地方公務員に対する懲戒免除又は責任減免に関し、政令及び各地方公共団体の条例の定めるところに委ねることとしたのは、大赦又は復権が行なわれる場合において、懲戒免除又は責任減免を行なうべきかどうか、行なうとしてもどのような内容をもって行なうべきかにつき、国及び各地方公共団体の実情の異なるに応じ、それぞれの判断を尊重すべきと考えたからにほかならない。
(四) そもそも条例は憲法によって保障された地方自治の本旨に基づき、普通地方公共団体が自主的に制定すべきものであって、懲戒免除又は責任免除に関する条例の制定についても、当該地方公共団体の実情をふまえたうえで独自に判断することができるのであるから、右条例が制定されていないことをもって憲法一四条違反を主張するのは全く論外である。
(五) 原告においては平成元年三月一八日「昭和天皇の崩御に伴う職員の懲戒免除に関する条例」を制定し、右条例第二条において「職員(この条例施行前に職員でなくなった者を含む)のうち、法令及び法令に基づく条例の制定により、昭和六四年一月七日前の行為について、平成元年二月二四日前に減給又は戒告の懲戒処分を受けた者に対しては、将来に向かってその懲戒を免除する。」と定めている。
原告が右条例において、その対象者を減給又は戒告の処分を受けた者に限定し、地方自治法二四三条の二(地方公営企業法三四条において引用する場合を含む)の職員の賠償義務を免除しなかったのは、訴外甲山の詐欺、業務上横領に起因する原告の被害があまりにも甚大であり、原告の存立基盤を崩壊させかねない重大事件であったため、右事件に関連する職員の賠償責任を免除の対象外としたものであって、右条例は極めて合理的な根拠に基づくものである。
(六) 原告が被告らに対し賠償命令金の支払を求めて本訴提起に至ったのは、賠償命令は確定しても執行力がないため、被告らの任意の履行がない以上、訴訟はやむを得ない措置であるとともに地方自治法上の義務である。
したがって、本訴提起が権利(権限)の濫用であるとの被告らの主張は失当である。
4 五3(相殺)に対して
被告橋本は、賠償命令にかかる審査請求の口頭陳述において、金一〇〇〇万円の寄付について「法的な責任でなく政治的、行政的責任を感じて寄付行為を行った」旨を陳述しており、被告橋本において右意図の下に自発的になされた寄付を無効とすべき理由は毫も存在しない。
このことは被告奥野においても同様である。
したがって寄付の無効に基づく不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁は理由がない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 被告らの本案前の主張について
1 被告奥野は昭和五七年四月一日から同六〇年三月三一日まで原告の収入役の地位にあった者であり、被告橋本は昭和四一年一〇月一三日から同六〇年三月三一日まで原告の町長の地位にあった者であること、甲山は、昭和四七年一月一日から同五九年一一月一九日まで原告の出納室長として収入役の下で現金、預金等の出納保管の業務に従事し、また原告の水道事業の企業出納員として現金、預金等の出納保管の業務に従事していた者であるが、昭和五七年五月一七日から同五九年一一月一三日までの間に不法に原告の収入役名義の預金口座から金員を着服横領し、また昭和五九年六月二五日から同年一一月一三日までの間に不法に原告の企業出納員名義の預金口座から金員を着服横領して公金を亡失させたことは当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない乙第四号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、下津町監査委員西岡耕三及び宮脇利男は、昭和六一年六月二五日、原告町長に宛て次のような内容の監査結果を決定したことが認められる。
(一) 甲山が原告の一般会計、特別会計(水道事業会計を除く。)、歳入歳出外現金及び各種基金から故意に亡失させた公金は九億九九一七万三〇二八円であり、これとこれに対する利息一億四六五九万三〇七〇円を加えた合計一一億四五七六万六〇九八円が右甲山の行為によって原告に生じた損害額である。
(二) 前記損害に対する賠償責任の割合は、甲山が七〇パーセント、被告奥野が三〇パーセントで、被告奥野の賠償額は三億四三七二万九八二九円である。
(三) 甲山が原告の水道事業会計から故意に亡失させた公金は一九八〇万円であり、これに対する利息一六九万一九二八円を加えた合計二一四九万一九二八円が右甲山の行為によって原告に生じた損害額である。
(四) 前記損害に対する賠償責任の割合は、甲山が七〇パーセント、被告橋本が三〇パーセントで、被告橋本の賠償額は六四四万七五七八円である。
3 原告町長橋爪が昭和六一年七月七日被告らに対して右監査決定に基づいて損害の賠償を求める賠償命令を決定したこと、被告らは右賠償命令に対して異議申立てをし、異議を棄却する旨の決定に対して審査請求をしたがこれも棄却されたことは当事者間に争いがなく、審査請求を棄却した裁決について取消の訴えは提起されていないから、右各賠償命令は確定した。
4(一) 当事者間に争いのない事実、原本の存在及びその成立に争いのない乙第七号証、成立に争いのない乙第一号証の一、二、第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の住民である訴外中井富美夫外二名は、被告らに対し、甲山が昭和五七年五月一七日から同五九年一一月一三日までの間に原告の出納室長として収入役の下で保管していた預金及び現金を着服横領して原告に与えた損害金一〇億〇八七二万八〇〇〇円について、地方自治法二四二条の二第一項四号により、原告に代位して、主位的に被告らの甲山に対する監督責任違背を理由とする民法七〇九条、七一九条の不法行為に基づく損害賠償、被告奥野に対しては予備的に地方自治法二四三条の二第一項に基づく損害賠償を請求する訴えを和歌山地方裁判所に昭和六〇年三月八日に提起したこと(当初の請求額は五億円であったが、その後一〇億〇八七二万八〇〇〇円に請求を拡張)、右訴訟では、平成三年六月五日、和歌山地方裁判所において、本件賠償命令によって被告奥野の損害賠償義務の実体的範囲が確定されたとして、被告奥野に対し三億四三七二万九八二九円及びこれに対する昭和六〇年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる判決(被告橋本に対する請求は棄却)がなされたこと、右判決に対し、原・被告双方から控訴され、平成五年五月二五日、大阪高等裁判所において、被告奥野に対する付帯請求が一部減額された他は第一審判決を維持する判決が言渡されたが、上告され、現在右訴訟は、最高裁判所平成五年行ツ第一四五号、第一四六号事件として係属中であることが認められる。
(二) そして、右住民訴訟における請求金額と、本件賠償命令の前提である甲山の公金亡失による損害額とは金額が異なっているが、それは損害の評価の違いによるものであって、右住民訴訟も本件賠償命令も甲山が原告の出納室長として出納保管していた町(水道事業会計を除く)の公金亡失という同一の行為を対象とし、これにより生じた損害の賠償を求めるものであり、住民訴訟は原告の有する損害賠償請求権を住民が代位行使するものであるところ、被告奥野に対する予備的請求は地方自治法二四三条の二第一項に基づくものであるから、実質的にみれば、賠償命令の履行を求めるものにほかならない。
したがって、被告奥野についての本訴請求は、右住民訴訟の予備的請求と訴訟物が同一であると解するのが相当である。他方、被告橋本については、本訴請求は原告の水道事業会計の公金亡失にかかるものであり、右住民訴訟の請求とは訴訟物を異にしている。
(三) なお、被告奥野に対する本訴請求の訴状副本は、平成二年四月二六日、被告奥野に送達されたことは当裁判所に顕著な事実である。
5 したがって、被告奥野に対する本訴請求は、その訴訟物たる請求権を住民により既に代位行使されて訴訟係属が生じているのであるから、民事訴訟法二三一条により重複起訴として許されず、不適法な訴えとして却下されることになる。ただ、原告は、右民事訴訟法の一般原則は、地方自治法によって修正されているものと主張するのでこの点について以下検討する。
6(一) 地方自治法二四二条の二の規定は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が、究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的として立法されたものである。
すなわち、地方自治法は、地方公共団体の財務行政の運営の適正を図る責務を、第一次的にはその執行機関及び職員に負担させているが、地方財務行政が違法な管理・運営に陥った場合に、住民としての地位に基づいて訴権を行使し、裁判権の発動により違法な地方財務行政の運営等を防止あるいは矯正し、その適正を図る一方法として住民訴訟の制度を設けているのであって、この意味で住民訴訟は補完的性格を有するということができる。
(二) また、地方自治法二四三条の二は、普通地方公共団体の職員のうちいわゆる出納職員又は予算執行職員の故意又は過失による保管現金の亡失等によって当該普通地方公共団体に損害を与えた場合に、当該職員はその損害を賠償しなければならないものとするとともに、当該普通地方公共団体の長は監査を求め、その決定に基づいて当該職員に対し、二人以上の場合はそれぞれの職分と損害発生の原因となった程度に応じて期限を定めて賠償を命じなければならない(賠償命令)としている。これは、普通地方公共団体における財務会計上の違法な行為又は怠る事実のうち、主要な原因とみられる一定範囲のものについて、その責任内容を限定するとともに、普通地方公共団体自身が迅速・簡便に損害の補填を容易にすることを目的としている。
したがって、普通地方公共団体の長としては、出納職員、予算執行職員に地方自治法二四三条の二第一項の規定に基づく賠償責任が発生するときは、迅速に損害の補填を図るべく賠償命令を決定することが期待されている。
(三) 住民訴訟は、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について、地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手によって違法の防止又は是正を図ることができる点に制度本来の意義があると解されるから、地方自治法二四二条の二第一項四号により、地方公共団体に代位して損害賠償を請求する場合であっても、住民は権利の帰属主体である地方公共団体と全く同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において住民全体の利益のために行うものであるから、実質的にみれば、権利の帰属主体と同じ立場において行う民法四二三条の債権者代位権に基づく訴訟等とは異質な面がある。
(四) 以上の点を考慮すると、地方自治法二四二条の二第一項四号の住民訴訟が提起されても、これにより地方財務行政の適正な運営について第一次的責務を負う地方公共団体自身は、代位請求の目的とされた権利について管理処分権を失うことはなく、訴訟外で権利を行使・処分することは認められると解される。
(五) しかしながら、地方自治法二四二条の二第一項四号が訴訟技術的な配慮から同号による住民訴訟を住民が地方公共団体の有する権利を代位行使する代位請求という形式を採用している。債権者が債権者代位の訴えを提起し代位権を行使した後は、債務者は代位の目的となった権利について訴えを提起できないとされている。その理由は、債権者代位訴訟は法定訴訟担当の一であり、財産の帰属主体である債務者の管理処分権が奪われて第三者に与えられるものであるから、債務者は訴訟の追行権を喪失する、あるいは、代位訴訟の既判力が債務者に及ぶから、債務者の提起する同一の訴えは重複起訴の禁止に触れるとされている。前記のとおり、地方公共団体は、住民訴訟が提起されても、これにより、訴えの目的となった権利について、管理処分権が直ちに失われることはないと解されるが、住民訴訟と同一の訴訟物に関しては別訴を提起することはできないと解するのが相当である。このように解しても、地方公共団体は、民事訴訟法六四条により住民に補助参加することにより、あるいは、同法七一条により当事者参加することにより、自己の利益を擁護するため主張・立証を尽くすことが可能であって、地方公共団体の利益を損なうことはない(また、地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項、二三条により、地方公共団体の長等が行政庁として住民訴訟に訴訟参加することも可能と考えられる。)。訴訟経済の点からも前記結論は肯定されるべきである。
7(一) ところで、地方自治法二四三条の二によって、賠償命令の制度が住民訴訟の制度とは別に設けられている。右賠償命令の制度は、同条一項所定の職員の行為により地方公共団体が損害を被った場合には、簡便、かつ、迅速にその損害の補填が図られることを期待した制度である。前記のとおり、住民訴訟が提起されても訴訟外で当該地方公共団体がその訴訟物たる権利を行使・処分することは認められるのであるから、住民訴訟が提起されていても当該地方公共団体の長が賠償命令を発し、簡便、かつ、迅速に損害の填補を図ることはもとより適法である。
(二) しかしながら、右と賠償命令が任意に履行されないためその履行を求めて訴訟を提起することとは同一に解することはできない。賠償命令の制度は、賠償責任の有無及び賠償額を定めるに当たっては簡便、かつ、迅速ではあるが、それが任意に履行されない場合には、通常の請求権と同様訴訟によって履行を求めざるを得ず、その場合、代位請求である住民訴訟によるのと賠償命令金請求訴訟によるのとでは訴訟物につき何ら違いがない。
そして、前記のとおり、賠償命令と住民訴訟とは、それぞれ、独自に存在意義を有する制度であり、どちらかが一律に優先されるということはできない。また、賠償命令の確定によって、当該職員の賠償責任の有無及び範囲が実体的に確定する結果、住民訴訟は、その実質は、結局地方公共団体に代わって右職員に対して右賠償命令に基づく責任を追及するものにほかならないことになるから、賠償命令金請求訴訟と右住民訴訟との併存を認めることはできない。
本件では、住民訴訟について控訴審判決が言い渡され、被告奥野に対し、本件の賠償命令の限度で賠償金の支払が命じられているから、本件訴訟を優先させ、住民訴訟を不適法とすることは訴訟経済の面からみて相当でないといわなければらならない。
(三) したがって、賠償命令金請求訴訟であるからといって、民事訴訟法の一般原則を修正し、本件訴訟が住民訴訟に優先すると認めることはできない。
8 以上のとおりであるから、被告奥野に対する本訴請求は、前記訴外中井富美夫二名が提起した住民訴訟が訴訟係属中に提起されたことが明らかであり、かつ、右住民訴訟は現在も最高裁判所に係属中であるから、民事訴訟法二一三条の重複起訴に該当し、不適法な訴えとして却下を免れない。
これに対し、被告橋本に対する本訴請求は、右住民訴訟とは訴訟物を異にするから、重複起訴に該当しないことは明らかであり、この点に関する被告橋本の主張は失当として排斥されるべきである。
二 被告橋本に対する請求について
1 請求原因1、3、4、6の事実は当事者間に争いがない。
原告は水道事業について監理者を置いていないから地方公営企業法八条二項により町長が管理者の権限を行うものとされ、甲山による公金亡失当時被告橋本が原告の町長として水道事業の管理者の権限を行使していた。
2 被告橋本に対する賠償命令が確定したことは前記のとおりである。
三 被告橋本の本案の主張(賠償命令の要件(客体)の欠缺による本件賠償命令の無効)について
1 地方公営企業の管理者は、地方公営企業の業務の執行に関し、当該地方公共団体を代表するものであり、種々の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている(地方公営企業法八条、九条)。
また、地方公営企業法三四条は、地方自治法二四三条の二の規定を地方公営企業に従事する職員の賠償責任について準用しているが、その中で、地方自治法二四三条の二の規定における「普通地方公共団体の長」を「管理者」と読み替える旨規定している。
以上によれば、右地方公営企業の管理者は、地方公営企業の業務の執行に関しては、普通地方公共団体における長と同視すべき地位にあると認められる。
2 そして、普通地方公共団体における長は、その職責に鑑み、地方自治法二四三条の二第一項の職員には含まれないと解されていることからすれば、同条項を準用する地方公営企業法三四条の適用においては、地方公営企業の管理者もまた、その職責に鑑み、賠償責任の対象としての職員には含まれないものと解される。
3 したがって、被告橋本に対する本件賠償命令は、その客体適格を欠く違法なものであるところ、地方公営企業法三四条によって準用される地方自治法二四三条の二は、民法上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を限定している代わりに、その客体をも限定していることからすれば、右客体を過った瑕疵は、重要な法規違反であり、かつ、右客体の過誤は外形上、客観的に明白であるから、右賠償命令は当然無効であるといわざるを得ない。
4 よって、被告橋本のこの点に関する主張は、その理由とするところは若干異なるものの、結論において正当と認められる。
したがって、被告橋本に対する本訴請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がないことは明らかである。
四 結論
以上によれば、原告の被告奥野に対する本訴請求は不適法としてこれを却下し、被告橋本に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官林醇 裁判官中野信也 裁判官新谷晋司)